クロガネ・ジェネシス

第44話 嵐の前
第45話 雷災龍《レイジンガ》
第46話 血で血を洗う
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第45話
雷災龍《レイジンガ》





 主に戦闘を主体とした騎士や治安維持部隊はクロウギーンの掃討に当たっている。

 しかし、戦いはそれだけではない。運悪く家を破壊されてしまった人々や、負傷して動けなくなってしまった人々。

 彼らを助けるための戦いも同時に行われている。医療のために魔術を使い、医療の道に生きる魔術師。彼らのことを魔術医療師と呼ぶ。

 そうやって動けずにいる人間は今のアルテノスには腐るほどいる。

 レジーはそういった人間達の前で立ち止まった。

 そこはアルテノスに作られているいくつかの公園のうちの1つだった。多くの人間が包帯を巻かれた状態で動けずにいたり、付き添いの者もいたりする。

 魔術医療師達も必死になってかけずり回っており、治療に余念がない。

 今もその公園に避難しようと、必死に歩いてきている者も列をなしている。周囲にはその安全を守るために、何人かの兵士達が警備に当たっている。

 レジーはその公園を見てほくそ笑んだ。

 己の力を誇示するやりかたはあまり好みではない。だが、ここで力を使えば、奴らは必ずやってくる。レジーはその公園の中心で声を張り上げた。

「きけぇ!! グリネイド3姉妹!! そして、それに組みする亜人ども!! あたしの名はレジー!!」

 突如大声をあげた女に、周囲は驚きながら怪訝な表情をする。

 レジーは自らの首の下から変身のカードを取り出し、それを破り捨てた。

「あたしを止めてみろぉ!! あたしの力を退けて、このレジー様を殺して見せろぉ!!」

 変化はすぐに現れた。

 身長が一気に伸び、手足が長くなる。肌の色は青く変化し、犬歯が延び始める。

「な、なんだあれ?」

「イカれた人?」

「わっ! 何あれ!?」

 側頭部から突起型の角が2本、眉間からは鎌状の角が1本生える。

 髪の毛は全て金色に変化する。両腕の肘、両足の膝から槍のような角が一本ずつ生える。両腕、両足、体中の各筋肉が膨張していく。豊満な胸部と容姿を除けば、見た目だけ性別を判断するのは難しい姿となる。

「グリネイド家の3姉妹共ぉ! さあ、あたしを止めてみろぉおお!!」

「な、なんだ貴様!」

「……?」

 突如として現れた亜人の女に対して、周りの兵士達が一斉に彼女に刃を向ける。

「な、なんだこの女……殺していいのか!?」

「亜人ならば生死を問わず! 奴は我々の敵だ! 殺せぇええ……!」

 レジーはすぐさま動いた。  今しゃべっていた兵士の体。その上半身と下半身を一瞬にして両断されることになった。

 あまりの速さに思考がついていかない。目にも留まらぬ早さというのがこの世に存在するとしたら、まさに今のレジーの動きが相当するだろう。

「ヤアアアアアアアアアア!!」

 叫びながら、レジーに立ち向かう兵士が1人。

 彼女はその兵士の真上から拳を降り下ろした。降り下ろされた拳はそのまま地面に叩きつけられる。兵士は即死だった。兜はひしゃげ、頭蓋はそれに合わせて変形、陥没し、赤い液体を垂れ流す。

「な、なんだコイツは……!」

 兵士達はみたこともない戦闘能力を前に恐れおののく。

「ハアア……!」

 レジーは一呼吸し、さらに動いた。

 兵士達はそれでも立ち向かう。しかし、そのたびに死体が1つ出来上がる。

 鎧や兜は紙切れのように切り裂かれ、肉は木っ端の如く両断され、骨は枯れ木のように折れ曲がる。

 人間が思考できる時間すらはるかに凌駕するスピードを持って、レジーは屍の山を築き上げた。

 彼女の周囲に咲き誇るのは死体の花びらだった。

 地面に転がるのは死体、死体、死体。真っ赤な花びらの中心に立つ青い亜人の姿は血という名の密を吸い上げる植物のようにも見えた。

 戦々恐々。直視するにはあまりにも酷い惨劇。多くの人々が死神と化した亜人、レジーに恐怖した。

「野次馬の連中!! よくきけぇ!!」

 レジー怒声が響きわたり、残響する。聞きたくなくとも、今目の前で起こった惨劇と状況。そして、恐ろしくドスの利いた声を無視することはできない。

「逃げた奴から殺す! 動いても殺す! 今日この場にいることを呪え!!」

 闇夜に響き渡る死神の声。

 誰もが震え上がり、声を出すことすらできなかった。

「フリージング・ヴァイラス!!」

 その直後、レジーの体が凍り付いた。

 顔まで凍り付けになり、普通なら即死してもいい状態だ。

 が、レジーはその状態から氷を破り、先ほどまでと変わらぬ姿を現した。そして、今自分を凍らせたであろう人間に目を向ける。

「やはり……この程度で死ぬほど柔じゃないか……」

「ヒドイ……なんてヒドイ……」

 そこにいたのはアーネスカとユウの2人だった。

 2人はあまりといえばあまりの惨状に顔をしかめる。

「あら、わざわざ探して来てくれたのかしら?」

 レジーは笑いながらアーネスカを見据える。その声を聞いて、アーネスカは眼前の亜人が何者であるかに気づいた。

「別にアンタを探してた訳じゃないんだけどね……」

 たっぷりと皮肉を交えて、アーネスカはそう言い放つ。

「どの道、見過ごす気はサラサラないけどさ……ユウちゃん! 覚悟はいい!?」

「元よりできています!」

 ――アルト姉さん、アマロ姉さん……あたしに力を! 「行くわよ!」

「はい!」

「アッハハハハ! 始めようじゃない! 聖戦《ジ・ハード》をね!!」



 多くの人々が突如現れた2人の女性に視線を注いでいた。

 兵士達が殺され、自分達ではまともな抵抗をすることすらできない相手。それは自分達に敵意と殺意を向けてくる。それは死を宣告されたも同然の状況だった。

 絶望するしかないと思われたこの状況において、アーネスカとユウの存在はまさに救世主と言えた。

 ユウは亜人、アーネスカは人間。本来ならありえないであろうこの組み合わせであっても、人々は気にしなかった。彼女達が自分達を助けるために行動していることは理解できたから。



 アーネスカとユウが走りだす。アーネスカは走りながら回転式拳銃《リボルバー》を構え、魔術弾を発射する。

「エクスプロージョン! 3連弾!!」

 放たれた魔術弾は即座にレジーの体に着弾し、爆発を引き起こす。

 爆煙が立ちこめ、互いに視界が悪くなる。普通ならこれで四肢が吹き飛んで終わりだ。

「!」

 ユウもアーネスカもこの程度でレジーを倒せるとは思っていない。爆煙が風の流れを描く。ユウの側頭部から生えている耳がピクリと動き、その動きを読んだ。

「後ろです!」

「レイ・ウィンド!」

 アーネスカは左の耳についていたイヤリングを外してそれをユウの背後目掛けて投げた。

 瞬間、閃光と凄まじい風が巻き起こり爆煙を吹き飛ばした。

 同時に目が眩《くら》み、一瞬怯《ひる》んだレジーが姿を現す。

「目眩ましか……!」

 レジーは舌打ちし、アーネスカとユウは戦慄した。

「いつのまに……!」

 あまりにも速すぎる。爆煙の中で、10メートル以上あった距離を一瞬で詰めると同時に、背後まで回るとは。

「フ〜……ニャッ!!」

 ユウが跳ぶ。怯んでいるレジーの首に噛みつき頸動脈ごと噛みちぎる。

 ブチブチと血管が切れる音。噴水の如く吹き出る血液。

 ユウは同時に着地し、噛みちぎった肉を吐き捨てて、背後からその背を見る。

 どう見ても死んでいる。否、普通死ぬ。

「やったか!?」

 アーネスカはレジーを見つめる。

「なわけ、ないでしょ!!」

 首の傷口が光り、それが瞬時に塞がる。僅か数瞬の間に。

「き、傷口が……!?」

「塞がった……?」

 アーネスカもユウも信じられないといった目でレジーを見る。

 レジーはゴリゴリと首の骨を鳴らす。

「あ〜……痛いわねぇ……」

 アーネスカは絶句する。

「嘘でしょ……本当に不死身?」

「ええ、そうよ……あたしは生まれ変わったの……賢者様の手によって……」

「生まれ変わった?」

「ええ、何せ1度死んだ命だもの。生まれ変わったと表現しても問題はないはずよ」

 アーネスカもユウも、レジーの言い分などどうでもよかった。この異常な状況を直視する勇気がなかった。

 その理由は簡単だ。

 どれだけの手を尽くしても、アーネスカとユウに勝ち目はないからだ。

「運動もそろそろ飽きてきたわね。そろそろ終わらせてやるわッ!」

 レジーは右手を突き出した。

「絶望しなさい! 神があたしに与えた力を見ろ! そして、後悔しなさい! 災害そのものに挑んだことを!!」

 レジーが跳躍した。人間は当然、ユウやバゼルのような亜人すらはるかに上回る大ジャンプ。その直後、レジーの両手から何かが叩き落とされた。

『!!』

 2人は何が起きたのかわからなかった。

 聞こえたのは鼓膜を破かんばかりの雷鳴と怒号。

 感じたのは地面を抉り飛ばすほどの衝撃。

『……………………』

 あまりの出来事に2人は唖然とする。しかし、地面に着地したレジーは、彼女達が思考停止することを許さない。

「戦意喪失?」

『!!』

 2人は走り出した。どこへ? どこかへ!!

「逃がしはしない!!」

 レジーは再び空高々と跳躍し、両手から雷《いかずち》を叩き落とす。

 まともに食らうことは即死を意味する。

 絶対に食らうわけには行かない。

 アーネスカは自身の置かれている立場を分析した。そして理解した。自分達はアソばれている。レジーの足なら、アーネスカとユウに追いつくことは十分可能なはず。しかし、それをしないのはレジーが手を抜いているからだ。レジーはアーネスカ達に絶望を叩き付けたくて仕方がないのだ。

 それがわかっていても、アーネスカには逃げの一手しかない。

 走る先には負傷した人々がいる。人気のない所へ向かいたいところだが、あいにくそんなところは見あたらない。

 アーネスカの背後で、無数の建物が砕け散っていく。

 罪のない人々を巻き添えに、破壊の足音は彼女達を追いかけてくる。

   いくつもの雷鳴と衝撃を背中で感じ、アーネスカとユウは逃走した。しかし、言うまでもなく、レジーはアーネスカを逃がすつもりはない。

 しばらくして、レジーは彼女達の背中ギリギリの所に雷を叩き落とした。

 衝撃は彼女達の背中を大きく吹き飛ばす。

 目に見えるダメージこそ無いものの、あまりにも大きすぎるその衝撃で2人の体は宙を舞う。

「ウッ……!」

 2人の体が地面に叩きつけられる。同時にアーネスカは体勢を素早く立て直し、回転式拳銃《リボルバー》を構えた。

 しかし、彼女の回転式拳銃《リボルバー》が発射されることはなかった。レジーの腕が彼女の銃を持つ腕を握ったからだ。

「が……!」

 レジーとアーネスカの距離が縮まる。2人は互いの瞳を睨み合う。

「ムカツク目ね……まだ勝ち目があると思ってるわけ?」

「ぐ、うう……!」

 アーネスカの瞳は揺るがない。しかし、ギリギリと握られた腕から、徐々に力が抜けていくのを感じる。

「アーネスカさんを放せぇぇぇぇぇ!!」

 ユウはその状況を黙って見ていられず、レジーに襲いかかる。

「だめ、ユウちゃん!!」

 レジーはアーネスカの腕を握ったまま、左の肘をユウに向ける。肘からは鋭利に尖った槍のような突起があった。

「邪魔くさいのよ!!」

 ユウはその肘打ちをまともに受ける。一瞬だけ訪れる強烈な痛み。容赦なく溢れでる血液。彼女の体は大きく吹き飛び、地面を転がる。

「ウウウウウウウウ……!!」

 腹部を左手で抑え、右手で体を支える。

「ウウウウ……血が、止まらない……!」

 嗚咽を漏らしながら、ユウはレジーを睨む。痛みのあまり体が動かない。

「あんた達の力じゃ、あたしを倒すことは出来ない。わかる? 無理なのよ。あんた達は弱すぎる。世界は力ある亜人が支配するべきなのよ!」

「寝言言ってんじゃないわよ……!」

 アーネスカは怒気をはらんだ呪いの言葉をレジーに突きつける。

「力ある奴が支配する? 笑わせんじゃないわよ! あんたの言う『力』ってのは破壊の力だけじゃないのよ! あんたにできるか!? 傷ついた人々を救うことが! あんたは兄弟を救うこと事態できなかったじゃないのよ! あんたの言う『力』ってのは、あんたの大事なものを守ることができたのか!?」

「うるさい……」

「あたしがあんたの立場なら、肉親を絶対に死なせはしなかった! 例えどんなことがあったとしてもだ!」

「うるさい!」

 次の瞬間、鈍い音が響き渡った。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 絶叫がその場を支配する。

 アーネスカの右腕は通常ではあり得ない方向に曲がっていた。当然握られていた回転式拳銃《リボルバー》は地面に落ち、瞳からは涙がこぼれ落ちる。

「いい声で泣くわねぇ……気分いいわぁ……」

「アア……ア……アアアア……!!」  悦にいるレジー。  痛みのあまりアーネスカの額からは玉のような汗が吹き出る。息が詰まる。まともな言葉が出てこない。

 まるで水に打ち上げられた魚の如く、必死に酸素を取り込もうとする。

「痛い? ねぇ痛い? でもね、こんなものじゃすまさない……! 正義面したお前達を許しはしない!」

「あんたは……」

 アーネスカはそれでも言葉を紡ぐ。痛みに耐えながらその続きを口にする。

「あんたはなにもわかっていない! ハァ……ハッ、アア……。正義とか、悪とかじゃない! 何かを守るためには、秩序が……必要なのよ! 集団で生きるためには、確かな秩序が必要なのよ! それがない世界で……集団で生きていくことはできない!」

「あんたのご高説はもういいのよ……。下らないことばっかり……もういいわ……死になさい!」

 レジーの左腕がアーネスカの頭に伸びる。

 ――アルト姉さん……アマロ姉さん……。

「アーネスカさん! アーネスカさぁん!!」

 ユウは叫ぶ。相変わらず血液を地面に垂らし続けている。アーネスカを助けたくて、体を芋虫のように引きずりながら、レジーへと接近していく。

 ――お父様……お母様……ごめんなさい……仇……打てませんでした……。

 レジーの腕がアーネスカの頭を掴む。そして右手に握ったアーネスカの腕と頭を引きちぎり、見るも無惨な死体ができあがる。

 はずだった……。

 レジーにも、アーネスカにも何が起きたのかわからなかった。

 もの凄い勢いで接近してきた何かが、レジーの体を吹っ飛ばす。1人は凄まじいまでの足技で、1人はその巨大な拳によって。

 それは零児とバゼルの2人だった。2人の攻撃によってレジーは低空で吹っ飛ぶ。しかし、すぐさま体勢を立て直し、立ち上がる。

「アーネスカ!」

 零児が叫ぶ。アーネスカの体はバゼルが受け止めていた。

「しっかりするんだ! アーネスカ!」

 バゼルの問いかけに、アーネスカは視線だけを動かして反応した。同時に、アルトネール、アマロリットがアーネスカの元へ駆け寄る。

「アーネスカちゃん!」

「アーネスカ! しっかりなさい!」 「ね、姉さん……」

 バゼルはゆっくりとアーネスカの体を地面に下ろしていく。アルトネールとアマロリットは即座に理解した。アーネスカの右腕が折れ曲がっていることを。

「腕が骨折している……」

「……!!」

 バゼルとアマロリットはレジーに対して鋭い眼光を向ける。

「こっちも酷い!」

 ネルの声が聞こえてくる。ネルはユウの怪我を見ていた。その横にはシャロンもいる

「ネルさん……シャロンさん……。申し訳ありません。私がついていながら……」

「しゃべっちゃだめ!」

 シャロンがユウの言葉を遮る。

 ネルは懐から包帯を取り出して、彼女の腹部に巻き付け、止血を施す。

「涙ぐましいわねぇ……」

 その状況を見て、レジーは笑いながら視線を向けてきた。

「こいつ……!」

 零児、バゼル、ギンが睨む。

「あれがレジーの本当の姿か……」

「しかも、さっきの雷《いかずち》といい、間違いなく奴は雷災龍《レイジンガ》の亜人!」

「その上不死身だと……。どんだけふざけてやがる……」

 零児は自分の感情が高ぶっていくのを感じた。殺したいほどに憎しみが募る。今はそれが正義だと。この女を倒すことこそが正義だと納得することにした。

 3人の横に、ネル、シャロン、エメリスの3人が並ぶ。

「レイジ……あいつ殺っちゃっていいんだよね?」

 エメリスは珍しく唇を噛みしめる。

「ああ」

「じゃあ、殺る」

 エメリスもまた怒りと殺気を宿らせ、レジーを見た。

 バゼルが背を向けたまま口を開く。

「アルトネール! アマロリット! 2人を任せる!」

 答えたのはアマロリットだった。

「ええ! その代わり、思いっきりやっちゃって! 容赦しなくていいわ!」

「無論!」

「ウッフフフフフ……!」

 全員が相対する。強大な力を持つレジーを打倒する。それはこの上ない覚悟を持たなければ恐らくは不可能。それはアーネスカが破れたことからわかる。

「堕落した今の亜人《あんた》達にできるかしらねぇ? あたしを殺すことが……! 来なさい! まとめて殺してあげるわ!!」

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